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プロバイダー責任制限法改正へ

1 :私事ですが名無しです:2006/11/17(金) 18:07:01 ID:???
具体的にどう変わってどうなるか知りたいです
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061117-00000006-yom-bus_all

それはそれとして、最近お腹空きませんか?
さっきつけもの齧りました

はくさい

2 :私事ですが名無しです:2006/11/17(金) 18:21:26 ID:???
糞スレ一番乗り

3 :私事ですが名無しです:2006/11/25(土) 20:59:01 ID:???

だが、幸運にも、せっかくの意気込みがひょうし抜けしてしまうほど、入場者はひどくまばらだった。
おかげでぼくは、いやに神妙な気持になり、ともかくそれらしい態度で、会場を一巡してみることにした。
しかしべつだん、何かを期待していたわけではない。
名前は、同じ仮面でも、能面と、ぼくが求めているものとでは、あまりに異質すぎる。
ぼくに必要なのは、蛭の障害をとりのぞき、他人との通路を回復することなのに、
能面のほうは、むしろ生に結びつくすべてを拒否しようとして、やっきになっているようでさえある。
たとえば、会場を満たしている、このいかにも黴臭い、一種末期的な空気がそのいい証拠だ。

むろん能面に、ある種の洗練された美があることくらい、ぼくにだって理解できないわけではなかった。
美とは、おそらく、破壊されることを拒んでいる、その抵抗感の強さのことなのだろう。
再現することの困難さが、美の度合の尺度なのである。
だから、仮に大量生産が不可能だとしたら、薄い板ガラスこそ、この世でもっとも美しいものとして認められるに違いない。
それにしても、不可解なのは、そんな偏狭な洗練のされかたを求めなければならなかった、その背景にあるもののことだ。
仮面の要求は、ごく常識的に言って、生きた俳優の表情だけでは飽き足らなくなった、それ以上のものへの願望であったはずだ。
だとすると、なんだってわざわざ表情を窒息させたりする必要があったのだろう?

ふと、一つの女面の前に足をとめていた。
鉤型に折れた、二つの壁面をつなぐ、中仕切の正面に、特別の意匠をこらして飾りつけられた面だった。
欄干をかたちどった、白塗りの木枠のなかで、黒い布を背景に、
その面はぼくの視線にこたえるように、いきなり顔を上げてみせたのだった。
まるで待ち受けでもしていたように、顔いっぱいに、あふれるような微笑をひろげながら……


4 :私事ですが名無しです:2006/11/25(土) 21:00:30 ID:???

いや、むろん錯覚だった。
動いているのは、面ではなく、面を照らしている照明のほうだった。
木枠の裏に、いくつもの豆電球が並べて埋め込んであり、
それが順に移動しながら点滅して、独特な効果をつくり出していたのである。
実によく出来たからくりだ。
だが、からくりであることが分ってしまっても、驚きはそのまま余韻をひいて残っていた。
能面には、表情がないという素朴な先入観を、なんの抵抗もなくくぐり抜けて……

単に、意匠に工夫がこらされているというばかりではなかったようだ。
その面の出来栄えも、ほかとくらべて、ひときわ目立っていたように思う。

ただ、その違いは、よく飲込めず、もどかしくてならなかった。
しかし、もう一度会場を一巡して、その女面のところに引返してきたとき、
急にレンズの焦点がぴったりと合って、その謎を解き明かしてくれたのだ。
……そこにあるのは、顔ではなかった。
顔をよそおってはいるが、実は、薄皮をはりつけた、ただの頭蓋骨にしかすぎなかったのである。
ほかにも老人の面などで、もっとはっきり骸骨めいたものもあるにはあったが、
一見、ふくよかに見えるその女面が、よく見ると、ほかのどれよりもはるかに頭蓋骨そのものだったのだ。
眉間や、額や、頬や、下顎などの、骨の継目が、解剖図を思わせるほどの正確さで浮彫りにされており、
光の移動につれて、その骨の陰影が、表情になって浮び出る。
……古い陶器の肌を思わせる、膠のにごり……その表面を被う、こまやかな亀裂の網目……
風雨にさらされた流木の、白さと、ぬくもり……もともと、能面のおこりは、頭蓋骨だったのではあるまいか?


5 :私事ですが名無しです:2006/11/25(土) 21:01:45 ID:???

しかし、どの女面もが、そんなふうだったというわけではない。
時代が下るにつれて、ただのっぺりとした、あの甘瓜の皮をむいたような顔に変ってしまうのだ。
おそらく、創始期の作者たちの意図を読みちがえ、ただ肉づけとしてとらえたために、
肝心の骨を見失い、単なる無表情の強調だけに終ってしまったのだろう。

それから突然、ぼくは恐るべき仮説のまえに引き立てられていた。
初期の能面作者たちが、表情の限界を超えようとして、
ついに頭蓋骨にまで辿り着かなければならなかったのは、一体どういう理由だったのか?
おそらく、単なる表情の抑制などではあるまい。
日常的な表情からの脱出という点では、ほかの仮面の場合と、おなじことだったのだ。
強いて違いを探すとすれば、普通の仮面が正の方向への脱出をはかったのに対して、
こちらは、負の方向を目指しているというくらいのことだろう。
容れようと思えば、どんな表情でも容れられるが、まだなんにも容れていない、空っぽの容器……
相手に応じて、どんなふうにでも変貌できる、鏡のなかの映像……


6 :私事ですが名無しです:2006/11/25(土) 21:03:10 ID:???

もっとも、いくら洗練されているからといって、すでに蛭の巣などで、こってり肉づけされてしまっているぼくの顔を、
いまさら頭蓋骨に引戻したりするわけにはいかない。
しかし、顔を空っぽの容器にしてしまった、その能面の思い切った行き方には、
あらゆる顔、あらゆる表情、あらゆる仮面を通じて言える、基本原理のようなものがありはすまいか。
自分がつくり出す顔ではなく、相手によってつくられる顔……自分で選んだ表情ではなく、相手によって選ばれた表情……
そう、それが本当なのかもしれない……怪物だって、被造物なのだから、人間だって、被造物でいいわけだ……
そして、その被造物は、表情という手紙に関するかぎり、差出人ではなくて、どうやら受取人の方らしいのである。

ぼくが顔型を決めかねて、あれこれ思い惑っていたというのも、つまりはそういうことだったのではあるまいか……
宛名のない手紙では、いくら切手をはって出しても、返送されてくるだけのことである。
……それなら、いいことがある、参考として撮り溜めておいた顔型のアルバムを、
誰かに見せて、選んでもらうことにしたら何うだろう……誰かって、誰に?
……きまっているではないか、むろんおまえさ……おまえ以外に、ぼくの手紙の受取人などいようはずがない!


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